中津隈宝満神社

古(いにしえ)の眠りを守る中津隈の氏神様

中津隈宝満神社は北茂安校区中津隈地区にある神社です。
この場所にはかつて「中津隈城」があり、また前方後円墳もあります。古墳、城址、社殿が一つの所にある珍しい神社と言えるでしょう。なお前方後円墳はみやき町の重要有形文化財として指定されています。2度の戦火や祇園祭の花火で度々社殿を焼失しましたが、明治28年に神殿・拝殿共に再建されました。肥前鳥居もあり(高さ3.5m、笠木の長さ4.6m) 歴史ロマンあふれる地です。

 

由来

建立の歴史は北茂安校区内では千栗神社の次に古く、天平4年(732年)に筑前国竃門山宝満宮(現太宰府市)の神霊を勧請、松本に神社を建立しました。弘仁4年(810年)に現在の地に社殿を移し、その後山王社・太宰府天満宮を勧請したと由緒年紀に記してあります。

戦国時代、この周辺は板部氏の所領でした。その後いったんは西島領主・横岳氏に移りましたが、元亀3年(1572)に龍造寺隆信が横岳氏を攻め、神埼の崎村城にいた犬塚家広(いんつかいえしげ)
(※小弐家の家臣で東肥前19城将の一人)が「西尾城攻め」の守りとして崎村城を支城にし、ここを本城として築かれたと言われています。
しかし、龍造寺氏が衰退し、鍋島氏が勢力を増すと犬塚氏も鍋島氏に仕え、この地から小城に去ってしまい、やがて城も廃れていきました。今でも中津隈西地区には「タチ」「タチボリ」「カマウチ」「クラヤシキ」等の城址を示す地名が残っています。

現在の社殿は中津隈城址に建てられています。

中津隈宝満神社の鳥居
中津隈宝満神社

 

神社メモ

御祭神:玉依姫命、大山咋命、管原道真命

祭礼日:元旦祭・1月1日、
祈年祭(春祭)・3月10日、
例祭(秋祭)・10月23日、
新嘗祭(収穫祭)・12月10日、
除夜祭・12月31日

境内社:権現社他

由緒:元村社

12年に一度の御幸祭

中津隈宝満神社では12年に一度巡ってくる「午年」に「御幸祭」が行われています。
天平4年(732年)に創建されて以来代々引き継がれてきた古い祭りと言われていますが、明治3年の大祭以前の記録が戦火により消失しており定かではありません。以降は絶えることなく催されており、祭り当日は下宮である「井野原神社」まで神体が遷宮され、稚児・舞姫・毛槍・鉦・太鼓の行列が続き盛大に行われ、多くの見物客が訪れます。
       
    写真は平成26年10月26日(日)に行われた神事の様子    (※次回開催は2028年10月下旬)

中津隈宝満神社の場所

住所:みやき町大字中津隈

 


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